バブル時代(1986年12月-1991年2月頃)の髪型:リアル世代がまとめてみた

 

バブル時代の定義(1986年12月-1991年2月頃)は経済記事に基づくものです。

実際には突然始まったわけではないので、86年以前から醸成され始めていたと思います。

そして、世の中に充満していた異様な好景気ムードは、91年以降もしばらく続いていました(いまだ感覚が抜けない人もいます)。

 

あまり知られていませんが、ワンレン・ボディコン以外にも特徴的なヘアスタイルやファッションが流行しました。

今回は、リアル世代が当時のヘアスタイルをまとめます。

 

まずは、ワンレン・ボディコンについてわかりやすくまとめてある外部記事

80年代ファッション、ヘアスタイル!女性芸能人のワンレン、ボディコンスタイルなどバブル華やかりしころのファッションをチェック

 

バブルの象徴といわれる

ワンレン・ボディコンはクラスに数人だった

 

バブル時代に一大ブームを巻き起こしたとされるのが、トサカ前髪・ロングのワンレングス(鶏のトサカのように立ち上げた前髪、長さを揃えたロングヘアのこと)。

当時の工藤静香さん、森高千里さん、千堂あきほさん、浅野ゆう子さんなどが該当します。

 

私は女子短大の学生でした。

みんながこのバブル型ワンレンだったわけではなく、クラス内に数人いた程度。

彼女たちは一様に華やかなオーラを出していましたね。

高級ブランドのバッグやボディコン・ファッション(背中が大きくあいたミニ丈のワンピースなど、ボディラインがもろに出る服)を好み、ハイヒールを履いて合コンに行ったり、ディスコに通ったりしていたようです。

ジャニーズの追っかけの子もいました。

 

ちなみに80年代に流行ったものの1つとして、太眉も挙げられます。

当時の太眉といえば石原真理子さんですね。

 

調べてみると、ソバージュが流行したのも80年代でした。

今井美樹さん(1985年)

 

ディスコに行かない女子たちには

別の流行があった

 

当時売れていたファッション雑誌を思い出してみましょう。

CanCamOliveは1982年創刊。

バブル時代の人気雑誌といっていいと思います。

 

で、CanCamの読者にはワンレン・ボディコンのお姉さんが多かった。

 

方や、Oliveの読者はロマンティックな娘たちが多かった。

 

彼女らは”オリーブ少女”といわれ、レースやフリルの多いファッションに身を包んでいました。

高校の同級生だったTもOlive 愛読者だったので、中を見せてもらうことがよくありました。

ピンクハウスの服がよく載っていましたが、オリーブ(ポパイの彼女)を地でいく痩せ型のTは、スカートよりもオーバーオールなんかをゆるっとかわいく着ていることが多かった。

 

彼女らの髪型はどうだったかというと、やはりロングヘアで、起きぬけの寝ぐせのような、ゆるいウェーブを特徴とします(下は1986年)。

Tはこれを再現するために、寝る前に三つ編みにし、朝ほどくということをしていましたね。

あるいは三つ編みや編み込みのまま過ごすこともありました。

アニメキャラのコスプレではないのですが、オリーブっぽい女子になりきるという意味で、これが日本のコスプレ史の始まりだったかもしれません。

 

ちなみに私の周りでは・・・

松田聖子さんの聖子ちゃんカットのブームが終わったあとは、ウルフカット、サーファーカットなど、ロングのレイヤーが流行りました。

が、私の周りには「◯◯カット」と名のつかないような没個性な髪型の女子も多かったです。

日本でストレートパーマが普及し始めたのは1980年代初頭ですが、これもまだ私の周りにはいなかった。

噂によると当時のストパーは薬剤が強烈、ものすごく時間がかかるとかで、やってみたいと思いませんでした。

私を含むくせ毛の子は、単にくせ毛として生きていました。

 

バブル前にアーティストの間で

人気が出たショートヘア

 

バブルの1つ前に当たる1970年代後半から1980年代前半、おもに音楽業界でニューウェイブというジャンルが世界を席巻しました。

このとき世界的に流行したのがテクノカットです。

YMOがやっていたような短髪・刈り上げヘアが男女を問わずアーティストの間で人気となりました。

ユーリズミクスのアン・レノックスに至っては、刈り上げを通り越して、もはやメンズのカットスタイルに。

 

日本でも一部の女子の間で襟足の刈り上げボブが流行り、私も実践していました。

美容院でオーダーできたくらいなので、思いのほか流行っていたのかも。

といっても私は部活に励む普通の高校生だったので、自己表現として刈り上げたとは思われていませんでしたね(T_T)

 

バブル時代に異彩を放った

マニッシュショートの女子たち

 

1982年にデビューしたアイドル歌手の小泉今日子さん。

当初は聖子ちゃんふうの髪型だったのですが、突然ボーイッシュなショートヘアにして話題をかっさらったのです。

その行動が当時のアイドルとしてどれだけ大胆だったか、そしてどれだけキュートだったかは別の記事に書いた通りです。

 

そんなこともあり、我らショートヘア族は、バブル時代になってもやはりショートヘアでした。

当時、私が愛読していたファッション誌はCanCamではなくmc Sister

80年代に同誌で活躍したモデルといえば、ボーイッシュなショートヘアのリカコさん、キヨコさんでした。

 

この表紙(リカコ)は特に気に入っていたもの(1984年)。

見た瞬間、撃ち抜かれたことを今でもはっきり覚えています。

 

2人ともショートパンツやハーフパンツなど、マニッシュなスタイルが言葉にならないほどかわいかった。

私は特にキヨコが大好きでした。

髪型もキヨコのイメージでカットしてもらっていましたね。

 

ミキ(のちに歌手として活躍した今井美樹さん)、現在は女優として知られる有森也実さんも、mc Sisterのモデル時代がありました。

ロングヘアのモデルさんたちも、上の2人とはまた別の魅力がありましたねー。

 

こちらは資生堂・花椿などで活躍したモデルの甲田益也子さん(画像は1986年)。

 

ロングから潔いショートにしてカリスマオーラが急上昇!! 

鳥肌ものの美しさです(現在も)。

 

このように、ファッション界、モード界ではショートヘア志向が高まっていました。

 

いかにもバブルっぽい音楽

 

当時はユーロビート全盛。

これぞバブル真っ只中!!というイメージの曲は、やはり当時のディスコでよく流れていたユーロビートに集約されてしまいます。

 

国内ではもう荻野目洋子さんの"ダンシング・ヒーロー"のイメージしかない(1985年リリース)。

彼女はクールな方向でマニッシュショートがよく似合っていましたね。

 

海外発のヒット曲といえばDead or Aliveの"You Spin Me Round"。

街中でヘビロテ状態でした(特にアパレルのバーゲン会場)。

 

が、ダンスユニットZOO"Choo Choo TRAIN"(1991年10月)にもバブル感が漂っていました。

 

1990年、新幹線駅直結のガーラ湯沢スキー場が開業し、翌1991年にJR東日本が「JR東日本 JR ski ski」キャンペーンを始動。

そのCMに使われたのが"Choo Choo TRAIN"で踊るZOOの映像でした。

バブル時代はスキーリゾートも大人気だったので、セットで記憶されています(私はスキーをやらないのですが)。

 

映画「私をスキーに連れてって」の公開は1987年。

ずっとショートヘアだったと思った原田知世さんは、当時ワンレンのログヘアだったんですね。

ショートが似合いすぎるので、ロング時代の記憶が飛んでます。

ちなみに1983年の「ときをかける少女」ではショートヘアでした。

 

バブル前とバブル後

 

バブル経済は数年間で弾けたのですが、その間に流行った髪型は意外といろいろあったわけです。

あの異常な好景気のおかげで消費が加速し、モノやサービスが爆発的に進化・多様化したと思います。

グルメブームを巻き起こした漫画、『美味しんぼ』によって「究極」という言葉が新語・流行語大賞に選ばれたのが1986年。

 

それまでと比べて格段に選択肢が広がり、自己表現の自由度も増した時代でした。

はっきりとした流行はありましたが、10人が10人とも同じ路線を追いかけるということがなくなった。

 

ですが、カリスマ美容師のブームがやってくるのは1990年代後半。

ですから、ヘアスタイルの本格的な進化が始まるのは、そのあたりからではないでしょうか。

バブル崩壊後からカリスマ美容師ブームまでの間、どうなっていた?については、また改めて。

 

管理者プロフィール

Kamiyama
ライター/エディター
編集プロダクション勤務を経てフリーライターとして独立。医療・健康分野を中心に取材活動、コピーライティングを続けた後、現在は文化系法人専属の編集者。また、さまざまな実用書のディレクションにも携わっています。

生まれつき強いクセ毛。年齢とともに髪が細く広がるようになり、雨と風の日はファッションウィッグを使用。ウィッグサロンで販売と相談業務の経験あり。